どう説明したか
学生とのやりとり
ネパールの学生から質問がありました。
先生、自動詞と他動詞の意味は何ですか。
自動詞と他動詞の意味ですね。
ラフールさんはネパール人です。私もネパール人です。
ラフールさんはネパール語です。私もネパール語です。
わかりました。
友達が「食べます」と言います。
ラフールさんは「何を」と思いますか。
はい、思います。
友達が「走ります」と言います。
ラフールさんはわかりますか。
はい、わかります。
友達が「グランドを走ります」と言います。
ラフールさんはもっとわかります。
はい。
友達が「食べます」と言います。
ラフールさんは「何を」と思います。
「食べます」は他動詞です。
友達が「走ります」と言います。
ラフールさんはわかります。
友達が「グランドを走ります」と言います。
ラフールさんはもっとわかります。
「走ります」は自動詞です。
わかりました。
食べます→他動詞(たどうし)
走ります→自動詞(じどうし)
説明が終わった後で考えたこと
何も準備していない状況で学生から聞かれたので、そのとき思いついた他動詞と自動詞の例を使っています。(他動詞の例が「食べます」、自動詞の例が「走ります」)
また、すぐ近くにグランドがあったので、「グランドを走ります」を使っています。
その結果、例が「何かを食べます」「グランドを走ります」となり、他動詞と自動詞の例のどちらも「〜を」になってしまいました。
「〜を」が、他動詞と自動詞を区別する目印ではないことを気づかせるには、この「食べます」「走ります」の例はいいかもしれません。
しかし、他動詞の説明では、「何を」が必要だと言い、自動詞の説明では、「グランドを」で「もっとわかります」と言っています。学生が混乱しないか心配です。
ただ、私に質問したネパールの学生は「わかりました」と言っていました。
どうしてこんな説明をしたか
理由の要約
「新しい日本語学入門(第2版)」(庵 功雄 著 スリーエーネットワーク)にあった「必須補語と副次補語」の説明を思い出したからです。
この説明について私が理解していることを書きます。
文が文として成り立っているかどうかを必須補語と副次補語という概念で考える。
補語とは英語の補語ではなく、動詞文中の主語や目的語、副詞などのことである。
ある文が始発文(何の前提もない話し始めの文)として使われたときに「何を」とか「誰が」などの疑問を誘発すれば、その文は文として成り立っていないことになる。このとき、「何を」「誰が」に対応するもとの文の言葉を必須補語という。(それ以外が副次補語になる)
例えば、「太郎が殴っていたよ」が始発文として使われれば、「誰を」という疑問が誘発される。
「男の子を殴っていたよ」が始発文として使われれば、「誰が」という疑問が誘発される。
このようにある文が始発文として使われたときに疑問が誘発されるかどうかで、動詞ごとの必須補語が明らかにされる。この必須補語のリストを格枠組みという。
この「必須補語と副次補語」の説明では、他動詞、自動詞、主語、目的語という言葉を使っていないが、必須補語が主語と目的語だけのものが他動詞で、必須補語が主語だけのものが自動詞だと言える。
目的語なしで動詞を使ったときに疑問の誘発が目的語で起これば、その動詞は他動詞である。
この疑問の誘発は、母語で考えたときにはっきりわかるはずだ。
「新しい日本語学入門」の「必須補語と副次補語」についての記述
次が「新しい日本語学入門」の「必須補語と副次補語」についての記述です。
2. 必須補語と副次補語
新しい日本語学入門(第2版) (庵功雄 著 スリーエーネットワーク)
1.「格とは」で見たように文の中心となるのは述語です。§3「形態論(1)」で見たように、日本語では単独で述語になれるのは動詞、イ形容詞、ナ形容詞であり、名詞も「だ」を伴って述語になることができます。その中で最も多様な性格を持つのは動詞なので、以下では動詞を述語とする文(動詞文)について考えていきます。
述語が事態を描くのに必要な要素をその述語の補語と言います。例えば
(10) 昨日、公園で太郎が男の子を殴っていたよ。
という文では「昨日」「公園で」「太郎が」「男の子を」が動詞「殴る」の補語です。ただし、(10)が文として成立するための必須度という観点からこの4つの補語は2つに分類されます。これについて考えてみましょう。
何の前提もない話し始めの文(始発文)として(11)a〜dが発せられたときに、(12)のように答えらるかどうかを考えてみると、(11)a,bではそれは可能ですが、(11)c,dではそれは不可能で、それぞれ(13)c,dのような疑問を誘発することがわかります。この現象は、(11)a,bが文として完結していること、言い換えれば「昨日」「公園で」が文が成立するために最低限必要な成分ではないことと、(11)c,dが文として完結していないこと、言い換えれば「太郎が」「男の子を」が文が成立するために最低限必要な成分であることを示しています。この「太郎が」や「男の子を」のように文が成立するための最低限必要な補語をその述語の必須補語(または項)、「昨日」「公園で」のように文が成立するのに最低限必要であるとは言えない補語を副次補語を言います。
(10) 昨日、 公園で 太郎が 男の子を殴っていたよ。
(11) a. (φ、) 公園で 太郎が 男の子を殴っていたよ。
b. 昨日、 (φで) 太郎が 男の子を殴っていたよ。
c. 昨日、 公園で (φが)男の子を殴っていたよ。
d. 昨日、 公園で 太郎が (φを)殴っていたよ。
(12) それは困ったことだね。
(13) c. えっ、だれが(殴っていたの)?
d. えっ、だれを(殴っていたの)?
このように、「殴る」という動詞はガ格とヲ格を共に必須補語として取りますが、こうした、ある動詞が取る必須補語のリストをその動詞の格枠組みと言います。「殴る」の格枠組みは[殴る〈が、を〉]のように表されます。
具体例に入ると説明がわかりにくくなる
ある授業例
ある先生が他動詞と自動詞の違いを説明されているのをみる機会がありました。
その先生は「〜を+動詞」になるのが他動詞、「〜を」を使わないのが自動詞だと説明されていました。
「本を読みます」「コーヒーを飲みます」などの「〜を+他動詞」の例を出されたあと、「スーパーへ行きます」の「行きます」は他動詞ですか、自動詞ですかと聞かれると、学生は「行きます」は他動詞ですと答えていました。
これは、学生が「スーパーへ行きます」の「スーパー」が、「本を読みます」の「本」と同じように、動詞が表す動作の対象になっていると考えたからだと私は思いました。(「スーパー」は、「行きます」が表す動作の空間的到達点、行き先です。)
「〜を+動詞」になるのが他動詞、「〜を」を使わないのが自動詞だという説明には根拠があります。
それは、「初級を教える人のための日本語文法ハンドブック」(庵功雄他 スリーエーネットワーク)に次のような記述があるからです。
動詞はそれが取る補語の種類によって、自動詞と他動詞に大別されます。
初級を教える人のための日本語文法ハンドブックp96 (庵功雄他 スリーエーネットワーク)
自動詞は、「泣く、生まれる」のように、ヲ格の目的語を取らず、直接受身にならないものです。一方、他動詞は、「食べる、聞く」のように、ヲ格の目的語を取り、直接受身にもなります。
「友達に会います」の「会います」は他動詞か自動詞か
上にあるように「他動詞はヲ格の目的語を取る」ということならば、「友達に会います」の「会います」は、他動詞ではないということになります。
しかし、「友達に会います」の場合、「友達」は、どう考えても「会います」という動作の対象ですから、「友達に会います」は「本を読みます」と同じで他動詞だと考えられます。
ジーニアス英和辞典では、「meet」は、「会う」の意味のときは他動詞で載っています。
つまり、英語では他動詞です。
「動作の対象」について、「初級を教える人のための日本語文法ハンドブック」に次のような記述があります。
動作の対象は、「殺す」など対象に変化を与え影響が強く及ぶ場合と「愛する」など一部の感情動詞の場合ヲ格で表されます。
初級を教える人のための日本語文法ハンドブックp18 (庵功雄他 スリーエーネットワーク)
「触る」など影響の及び方が弱い動詞や「話しかける」など一つの方向性が強調される動詞の表す動作の対象はニ格で表されます。ただし、動作の影響の及ぶ強さによる格の選択には例外も多く、結局、どの動詞にどの格が結び付くかは動詞ごとに覚える必要があります。
この説明はウズベキスタンの学生には、うまく行かなかった
ネパールの学生と同じように、ウズベキスタンの学生にも1対1で説明しました。
でも、わからないと言われました。
どうしてウズベキスタンの学生がわからなかったのか、わかりません。
クラスで自動詞、他動詞を説明するときは、何も説明しなかった
このページを参考にしました。
このページの「自他動詞の基礎知識」の「助詞で判別は難しい」に書いてあった
「言葉での説明はやるだけ無駄で、さらなる混乱を呼ぶだけなのは経験済みです」
は説得力があり、そのときのクラスの様子が想像できました。
言葉での説明はやめました。
ただ、自動詞と他動詞の英語訳はプリントにしておいて見せました。
助詞で判別は難しい
https://jn1et.com/kyouan29/#toc4 自他動詞の基礎知識 助詞で判別は難しい
「を」が付くものは他動詞」と言ってしまいたいのですが、「道を歩く」「電車を降りる」などやっかいなものも多いので、言わないほうが無難です。動詞ピクチャカードを数十枚見せていき、自動詞か他動詞か言わせて確認していきましょう。言葉での説明はやるだけ無駄で、さらなる混乱を呼ぶだけなのは経験済みです。とにかく例文と動詞ピクチャカードを見せて理解を促すしかありません。