現場指示の融合型は教えたほうがいいのか
みんなの日本語の「教え方の手引き」p38の留意点では、「2つの意味(対立型と融合型)を同時に導入すると混乱するので、この課では練習しないが、学習者が耳にして疑問を持てば、説明するとよい」と書いてあります。
でも、3課の課末の問題の3の2)、4)は、融合型の「あそこ」を答えさせる問題だと考えらます。
また、「聴解タスク25」第3課の1番でも融合型の問題が出ています。
ですから、融合型は教えておかないといけないと言えます。
現場指示の対立型と融合型はイラストで教えました
このイラストを使いました。
A-1, A-2 と B-1, B-2, B-3 の違いを説明するために、A は人物の足元と二つの円、B は人物の足元と一つの円をかきました。
A-1, B-1, B-2, B-3 は、「日本語の教え方 ABC」p27(寺田和子・三上京子・山形美保子・和栗雅子 著 アルク)のイラストです。
このテキストでは、対立型の「あれ」のイラストがありませんでした。
対立型の「あれ」のイラストは必要だと思ったので、B-3からA-2(対立型の「あれ」)を作りました。
C, D は、みんなの日本語「翻訳・文法解説英語版」p26のイラストです。
授業の流れ
「ここ」の意味
まず、「ここ」の意味を次のプリントで説明しました。
( )の中を答えさせました。
- (ここ)は〈日本語学校の名前〉です。
- (ここ)は大阪です。
- ここは〈日本語学校の名前〉ですか。
はい、(そうです。) - ここは京都ですか。
いいえ、(ちがいます。)
対立型
導入
学校のトイレに背を向けて立っている学生とその学生の前にいる先生のイラストをホワイトボードにかきました。そして、学生と先生のところに吹き出しをかきました。
そして、次のプリントの( )の中を答えさせました。
学生:トイレは?
先生:トイレは(そこ)です。
学生:トイレは(どこ)ですか。
先生:(そこ)です。
イラストをかくのに時間がかかってしまいました。
学校にもまだ慣れていない時期なのでこの設定にしました。
練習
次の会話と病院の見取り図をプリントにして、教師が学生に質問して( )の中を答えさせたあと、ペアで練習をしました。
( )の中の答えが書いていないものをプリントの表に、答えが書いてあるものをプリントの裏に印刷してあります。
ミラー:受付はどこですか。
病院の人:(ここ)です。
ミラー:エレベーターはどこですか。
病院の人:(そこ)です。
ミラー:トイレはどこですか。
病院の人:(あそこ)です。
「病院の人」の「人」は、みんなの日本語では5課で勉強します。
みんなの日本語の3課では未習なので、教える必要があります。
翻訳・文法解説 英語版 p34では、「人:person, people」
融合型
導入
学校から少し離れたところに自動販売機があったので、
校舎の前にいる学生と先生のイラストをホワイトボードにかきました。そして、学生と先生のところに吹き出しをかきました。
そして、次のプリントの( )の中を答えさせました。
学生:自動販売機はどこですか。
先生:(あそこ)です。
イラストをかくのに時間がかかってしまいました。
学校にもまだ慣れていない時期なのでこの設定にしました。
練習
次の会話と病院の見取り図をプリントにして、教師が学生に質問して( )の中を答えさせたあと、ペアで練習をしました。
( )の中の答えが書いていないものをプリントの表に、答えが書いてあるものをプリントの裏に印刷してあります。
ミラー:受付はどこですか。
さとう:(そこ)です。
ミラー:トイレはどこですか。
さとう:(あそこ)です。
どうして病院の見取り図にしたのか
現場指示の「ここ」「そこ」「あそこ」ですから、教室に「受付」や「トイレ」の絵教材を貼るという方法もあると思います。
でも、教室に20人ぐらいの学生がいたら、ある学生の近くに「受付」の絵教材を貼って「受付はどこですか」「ここです」とやっても、その学生から離れた席の学生はピンとこないだろうと思いました。
どこの席でも平等に「ここ」「そこ」「あそこ」の位置関係を見れるものとして、見取り図がいいと思いました。
みんなの日本語の場合、「ここ」「そこ」「あそこ」を学習する3課までに出てくる場所は会社、銀行、大学、病院だけです。
会社は、まだ働いた経験がない学生が多いはずだから、身近じゃない。
ATMを使うことはあっても銀行へ行く機会はあまりないはずだから、銀行は身近じゃない。
「〇〇はどこですか」を使いそうな場所といえば病院だと思いました。
それで、病院の見取り図を作りました。
どうして対立型の「あれ」のイラストが必要だと思ったのか
前出の「日本語の教え方 ABC」p27のイラストでは、対立型の「あれ」のイラストがありませんでした。
イラストがないのは、対立型の「あれ」と融合型の「あれ」は、どちらも話し手と聞き手から離れたものに「あれ」を使うのだから、融合型の「あれ」でまかなえると考えているからと思いました。
でも、日本語学のテキストを見たら、対立型と融合型のそれぞれについて「コ系」「ソ系」「ア系」を説明しています。(日本語学のテキストはこちらです。)
また、二人で買い物をしているときに、それぞれが探しているものを対立型の「これ」と「それ」で指し、その対立型のまま二人から遠くのものを「あれ」で指すことはあると思いました。
さらに、学習者が対立型の「あれ」がない説明図を見たときに何か質問してくるかもしれないと思いました。
やはり、対立型の「あれ」のイラストは必要だと思いました。
日本語学のテキストの対立型と融合型の説明図
ひとつ目
ひとつ目は、「新しい日本語学入門 第2版」p267(庵功雄 著 スリーエーネットワーク)の説明図です。
この説明図の a の「話し手」、「聞き手」のところに書いてある「×」の意味について、本文に説明はありませんでした。
ふたつ目
ふたつ目は、「現代日本語学入門 改訂版」p100(荻野綱男 編著 明治書院)の説明図です。
「コソアド」として一括して扱われるようになったのは1951年からだった
指示詞と疑問詞を「コソアド」として一括して扱うことは佐久間鼎(1951)から始まりました。その研究を受け、三上章は対立型、融合型などの概念を導入しこの分野の研究を発展させました(三上章(1955, 1970))。
「初級を教える人のための日本語文法ハンドブック」p15(庵功雄ほか スリーエーネットワーク)
指示詞の用法がこうした2つの異なる原理の組み合わせからなることを具体的に指摘したのは三上章ですが、三上は a のパターンを対立型、b のパータンを融合型と呼んでいます。(三上章(1970))。
「新しい日本語学入門」 p267(庵功雄 スリーエーネットワーク)
a と b は、こちらです。
引用した本のどちらにも同じ著者が関わっています。